このコーナーは、プロレスに馴染みのある(あった)、大阪のプロレス会場を紹介していこうという在り来たりのコーナーである(笑)
さて、このコーナーの第1回目は、1970年に半年で延べ6422万人も集めたと言う、あの世界万国博覧会の跡地である。
当時、私もこの万博が大好きで、1日中、各パビリオンの絵を書いていたものだ。今でも、ソ連館なら5秒、太陽の塔は10秒で書ける(^-^)
だから、その当時からも含め、大変思い出の深い場所である。
私の記憶が確かならば、初めてプロレス会場に使われたのは、昭和50年の全日だったと思う。
当時は、まだ太陽の塔を取り囲むように大屋根が残っていた頃だ。
そして、翌年の51年10月10日にも再びファン感謝デーとして、同じカードのデストロイヤーvsブッチャーがメインとして行われた。
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また、私の生観戦デビューがこの会場だったので、プロレス会場では一番歴史のある府立体育会館より先にこちらを第1回とした。
興業としては、それほど行われていないと思う。私個人はその後、UWF、FMW、W★INGの計4回の観戦する。(厳密に言うとUWFはお祭り広場跡から少し離れた場所だった)
今でも、公園内のあちこちには、○○館跡としてプレートが埋めてある。
その中で、ネッシーのようなユニークな形をしていたオーストラリア館が、閉会後、三重県四日市市に移設され、今プロレス会場として使われているのもおかしな感じだ。私も最近、それを知ったのだが。
今は大屋根も取り除かれ、老朽化した太陽の塔は、94年には修復工事を行っている。
そして、週末にはフリーマーケットなどのイベントが行われ家族連れなどで賑わっている。
場所そのものは残っているのだが、やはり全日を観た時のイメージはもう残されていない。 |