昭和プロレスの名優がまたひとり逝った。
その名は、上田馬之助。
日本人で初の本格的ヒール(悪役)をやった選手。
タイガー・ジェット・シンとのコンビは、新日、全日を恐怖に陥れた。
96年に、不慮の交通事故に遭い、以降寝たっきりを余儀なくされる。
今の奥さんは、この事故の後に入籍をした。
この話は、とても深い。
写真左:1983年7月 G馬場との一騎打ち(大阪) 然し、レフェリーのJ樋口を含め、もう3人ともこの世にいない。
私が、生観戦した中で印象深いのは、
一度だけシンと仲間割れを起こし、超々満員の旧府立でシングルを行った試合。
1978年のことだ。
結局、特別レフェリーの猪木が一番目立つのだがww
写真右:この日は、日本刀を持って入場!
フィルムをスキャンするスキャナがさっき突然壊れてしまったので、画像が悪くでスミマセン。右は、若き日の前田日明。
下は全日に主戦場を移し、最強タッグでシーク&ルーインとぶつかり、リングが無法地帯となった試合。
1981年。かなり興奮しながら、撮影した為に手ブレの写真は多かった。
それ以外では、R木村とのIWA抗争、まだまだら狼の頃だ。
新日では猪木とのネイルマッチ、?UWFとのイルミネーションマッチで前田の道づれに両者リングアウトとなった試合などがインパクトあったかな・・・。
確か、インディーの試合で、包丁を持って会場に乱入した記事を雑誌で読んだ記憶も。
また、セメント(ガチンコ)の強さは、定評があった。
そんな上田さんも普段は温厚で紳士的だ。
そもそも、悪役は性格がいいひとでないと出来ないのだ。
逆に、ヒーローぶってる選手ほど、プライドが高く性格が悪い(マ○カ○スは有名w)
プロ意識がすごく高いという印象もある。
現役当時は、施設慰問などいい事をしても、逆に悪役のイメージが壊れるから紹介しないでくれとマスコミに言ったり、事故後も、講演会などに呼ばれる場合は、必ず髪の毛を金髪に染め直してから行く。
また、当時のプロレスファンより、あんな悪いことばかりやってるから、そんな目に遭うんだ!?と言われた事があるらしいが、?その時、上田さんはまだそうやって憎んでくれているのは、選手冥利に尽きると思ったそうだ。
20歳の時に、当時勤めていた会社がなぜか上田さんのサイン会を行ったことがある。?その時に、恐る恐る控え室に行き、写真をお願いしたのだが、快く対応して頂いた。
その写真は、実家にはあるのだが、急だった為に準備できなかったのが残念。
寿命があるのは仕方のない事だが、こうやって昭和を盛り上げたレスラーがどんどん言ってしまうのは淋しい。
故人のご冥福をお祈りいたします。

