EASTのトップページ ターザン山本!プレゼンツウウウウウ 2008秋 目標は140%回収? 東西共通の掲示板です。 リンクのボタン 毎度退屈なお話を、、、、。  
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発掘!8.26プロレス夢のオールスター戦
 

 

コラムby
ターザン山本!
元週プロ編集長
フリーライター

 

1946年山口県生まれ。元「週刊プロレス」編集長として当時のプロレスファンの間ではカリスマ的な存在として君臨。公称40万部という驚異的な販売部数を記録した。96年退社。現在はフリーライターとしてプロレス格闘技以外にも映画・競馬・風俗各誌にも連載を持ち、ターザンカフェの日記は毎日更新中!!

 
 
 

第1次UWF時代のことだから昭和59年(1984年)7月以降のことになる。今からちょうど20年前の話だ。

試合前、UWFでは会場で選手たちがリングでスパーリングをやっていた。これをあの頃“藤原教室”と呼んでいた。
藤原とは“関節技の鬼”と言われていた藤原喜明のこと、、。

彼が新人たちを相手にスパーリングで、次々とサブミッション(関節技のこと)を極めていく。
極められた選手は右手で相手の体をポンポンと軽く叩く。これをタップと言い「まいりました。ギブアップしました…」という合図のことなのだ。
タップされるとそのサブミッションを解く。そしてまた一からスパーリングを始める。

そうやって新人は藤原に何回、何10回となく関節を極められタップしていく。
そのことで新人は寝技(組み技)になった時の関節技をおぼえていくのだ。

これが格闘技プロレスの出発点、原点。
UWFはこのリングでの“藤原教室”を、午後5時半に会場入りしたファンにそのまま公開して見せていた。

それは既存のプロレス団体にはなかったことで、ファンも新鮮なイメージでこの“藤原教室”に注目し興味を持った。今までそういったスパーリングはファンとしては見たことがなかったからだ。

UWFでは道場でやっていたスパーリングを、そのまま試合でやったのだ。
それまでのプロレスは試合では道場でやっていたこととはまったく違う“見せる”試合をやっていた。
ロープに飛ぶ。コーナーポストに上がる。場外で乱闘する。ドロップキックをする。その他もろもろのパフォーマンス…。
そういうことは道場の練習ではまったくやらない。UWFはそこの部分を大変革、改革したのだ。

ロープに飛んだりして“見せる”試合をしなくても、お客を満足さすことができると思ったのだ。
これが格闘技プロレスの出発点、原点になっていった。

この写真は“藤原教室”が終わってみんなでマットに両手をついて“御苦労さん”とお礼をするシーン。右には高田延彦、左に前田日明がいて、2人ともかすかに笑っているのがいい。

20年前の青春時代のワンシーンという言い方もできる。

 

ターザン山本氏との出会い
 

大変申し訳ないのだが私はターザン山本編集長時代の週プロというものをよく知らない。
SWS騒動だとかUWFムーブメントも彼が先導したような事は近年、知ったことだ。

彼を初めて見かけたのは大井競馬場、、、。ゴール前で数枚の馬券をクシャッと握りしめていた姿だ。

その後スカパーのサムライTVで何度が目にするのだがGKや安田拡了の団体へのご機嫌伺い丸出しで退屈な解説に辟易していた私は彼のハチャメチャで無責任な言動に「面白えじゃねえか!何なんだ、このオヤジは、、。」と半ば呆れながらも「業界寄り見え見えのマスコミばっかりじゃないんだ、、。」と、自分の見識の浅さを知ったのだ。

その後、彼が編集者養成塾を開いているのを知り、私が参加し始めて交流させて頂くこととなるのだがそんなご縁で現在、彼が毎日更新という見習うべき偉業を成している「ターザンカフェ」の中にある「秘蔵写真」というコーナーで私の写真が掲載されている。

素人の写真に元カリスマ編集長のコラムという不釣り合いともいえるコラボなのだ。
現在このコーナーは一年近く更新はされていないのだが、先日ターザン氏の了解を得て当サイトでアーカイブの形で紹介できる事になった。

なにせ、あの風貌と言動故アンチも多いお方だが、あれほど人を身分、ルックス、年齢の分け隔て無くつき合える人間も少ないのは確かだ。

 
   

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