うんざりするほど団体の数だけはやたらある今のプロレス業界からすれば、81年に崩壊するまで、第3の団体として国際プロレスは、ビッグ2と違ったスタンスでその存在感を示していた 。
現在のインディ団体とはわけが違う。
"大巨人"アンドレも"人間風車"ロビンソンも日本初お目見えは、この国際なのだ。
テリーもタイガーマスクもいない泥臭いリングだったが、当時中学生の僕らに魅力的だったのは後楽園ホールの入場料がタダ!
そのうえに、写真を見ていただけるとわかるがと思うがリングサイドのエプロンでガキがパシャパシャ撮影していても、なんもお咎め無しときている。
空いていればどこに座ろうが、まさに"自由席"。
天国のような団体というわけだ。
左の写真は国際プロレス崩壊後約30年を経て団体史上最も一般的にメジャーな存在となったアニマル浜口。そんな彼も当時は常にナンバー3以上の存在になることはない長州と同じ"かませ犬"だった。
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